メガネや車のフロントガラスに、右図のような円形の雨水のウォータマーク(乾燥痕)が生じることは知られている。様々な形があるが、輪のような形状がほとんどである。このウォータマークの形状には理由がある。主な要因は、乾燥時に生じる液滴内の対流と、液滴コンタクトラインのピンニングである。ここでは、比較のために、液滴中の微粒子の有無について考察する。
上図は、超清浄なシリコンウェハ上に滴下した超純水液滴の乾燥過程を示している。観察はスーパークリーンルーム内で行っている。よって、基板や液滴中の微粒子は極端に少なくなっている。乾燥とともに液滴サイズは縮小し、液滴周囲(コンタクトライン)もほぼ円形を保ったまま小さくなっている。最終的には、液滴の中心部分に凝集したウォータマークが形成されるが、その大きさも小さい。このウォータマークは、液滴中に溶解していた物質や僅かに残存していた微粒子が凝集したものである。液滴の乾燥時には、右図にあるように対流が生じる。液滴内では中心部は下向きに対流し、基板近くでは周囲へ向かって流れ、最終的に中心部の頂上に戻る。これは、液滴の乾燥に伴う気化熱により液滴表面の温度が低下することに起因している。冷却された液体は基板方向へと対流するが、液滴中心部の対流が周辺部より体積効果のため増大し、このような対流モデルとなる。ホットプレートなどで液滴を加熱した場合は、液滴内対流は逆方向に生じる。
ここで、上図には、液滴内に微粒子が分散している場合の乾燥挙動を示す。微粒子はPSL(ポリスチレンラテックス)であり、液体中では特定のゼータ電位で帯電している。この帯電により、微粒子は液体中では凝集しにくく、対流とともに移動できる。PSLの純水中でのゼータ電位は、-50mVである。微粒子が分散している液滴は、乾燥に伴い微粒子が中心部から周辺部へ移動する様子が観察できる。これは上述の対流のためである。また、乾燥が終わるまで液滴の大きさは変わらない。特に、コンタクトライン付近に微粒子が多く凝集しており、これがウォータマークが輪の形成理由である。この乾燥モデルは下図のように説明できる。乾燥に伴い、液滴中の微粒子は対流とともにコンタクトライン近傍に凝集してくる。このとき、一部の微粒子は乾燥により基板に固着し、液滴内に戻らない。そして、このコンタクトライン上の微粒子がピンニングとなり、液滴コンタクトラインの縮小を妨げる。液体のピンニング効果は、液体の拡張および後退を妨げる働きをする。よって、液滴の乾燥は元のコンタクトラインを維持しつつ進行する。対流によって、次々と微粒子がコンタクトラインへ凝集するため、大きい輪の形状を形成する。この時、ゼータ電位の存在により、微粒子はコンタクトライン以外のシリコン基板中に付着せず移動する。これは、純水中のシリコン基板表面のゼータ電位が-60mVであり、PSL粒子のゼータ電位と同極であるため反発力が生じるためである。ウォータマークを低減するには、まずは液滴中に含まれる微粒子数を低減させることが効果的である。他には、ピンニング効果の低い低表面張力液体を溶剤として用いることが考えられる。超LSIや液晶デバイスプロセスにおいて、IPA(イソプロピルアルコール)蒸気乾燥が採用されているのはこのためである。
参考文献