固体表面の液滴の接触角は、熱力学的な界面エネルギーのバランスに基づくYoungの式で表せる。ここでは、基板上の局所的な濡れ性の違いが、塗工液の濡れ挙動に影響するピンニング効果に注目する。具体的に、右図のようなミクロンサイズの格子状基板を作製し、液滴の拡がりに対する異方性を基板上に持たせる。これにより、基板上の液滴の平面形状は八角形や正方形に変形することとなる。
まず、上の左図のように、格子状パターン基板上のミクロンサイズの正方形格子パターンの高さと周期を変える。パターン幅Xは、0.8、 2.5、5.0 μmの3種類であり、高さZも0.19、0.66、1.0μmの3種類に設定した。格子状基板の表面積r1と平坦基板の表面積r2との比として定義される表面積比r (= r1/r2)は、下式に基づいて算出する。各寸法X、 Zの異なる9種類の格子パターンを作製することで、表面積比rは上の右表にあるように1.1~3.5の範囲で変化できる。
濡れ挙動解析に用いた液滴は、ヨウ化メチレン(γ = 48.4 mJ/m2、γd = 44.9 mJ/m2、γp = 3.5 mJ/m2)である。正方形格子パターンは、光リソグラフィ技術を用いてTEOS(Tetraethylorthosilicate, Si(OC2H5)4)膜表面に作製する。TEOS膜の表面自由エネルギーは、γs = 60.5 mJ/m2、 γsd = 16.7 mJ/m2、 γsp = 43.8 mJ/m2である。
上図は各正方形格子表面でのヨウ化メチレン液滴の平面形状を示している。表面積比が小さい基板(r = 1.1、X = 5.0μm、Z = 0.19μm)では、液滴形状は円形になっている。しかし、表面積比が大きい基板(r = 3.5、X = 0.8μm、Z = 1.0μm)の場合は, 格子方向から45°回転した四角形となっている。また、ほぼ中間的な基板(r = 1.5、X = 2.5μm、Z = 0.66μm)の液滴形状は、八角形に変形している。また、ほぼ同一の表面積比rの場合は、X、Zの値が異なっても同様な平面形状を示す傾向がある。このように、基板上での液滴形状は基板の数ミクロンオーダーの形状変化を敏感に反映して変化する。下の左図は、表面積比rと液滴の平面形状における格子方向(L1)と45°方向(L2)の寸法比A( = L1/L2)との関係を示している。平面形状が円形および八角形の場合はA = 1となる。また、A ≒ 1.41は, 四角形を意味する。下の左図のように表面積比rが約1.5以上になると、液滴の形状変化が顕著になる。また, 液滴の拡張時の単位長さ当たりの格子パターン数は, 格子方向よりも45°方向が約1.4倍多くなる。よって、基板上の各格子パターンが液滴の拡張に対して抑制ポテンシャル(ピンニング)として働くとすれば, パターン配列に対して45°方向は液滴の拡がりが遅くなる。よって, r = 3.5の場合の様な45°回転した四角形が形成されると考えられる。r = 1.5の八角形は, 円形と四角形との中間状態であると考えられる。以上の液滴のピンニング現象は、下の右図にあるように、基板や版上に突起や異物、空隙、汚れなどの不連続点が存在した場合、液滴の濡れ挙動は非常に影響を受ける。ピンニングを避ける手法はほぼ無いといえるが、プラズマ処理等により版上の濡れ性を向上させれば緩和される。
ここでは、コーティングにおける塗工液の濡れトラブルおよび要因解析について概説した。塗工液の濡れはコーティング膜形成の基本となり、塗膜の品質に大きく影響する。また、液滴ポッピング、ピンニングなどの濡れに関するトラブルを紹介し、その要因および解決策を紹介した。これらの濡れトラブルは、特殊なケースではなく、通常のコーティングプロセスにも生じやすい。
参考文献