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基礎技術解説コーティング

減圧乾燥による内部応力コントロール

乾燥装置における熱量の伝熱メカニズムは、熱風やガスによる対流、加熱板に接することによる伝導、および赤外線や太陽光による輻射に区分される。これらの伝熱メカニズムを効果的に利用する目的で乾燥装置は構成される。また、乾燥装置には、十分な乾燥能力だけでなく、高品位な乾燥プロセスが求められる。近年では、処理基板の大型化が進み、処理能力の向上も望まれている。一方、乾燥装置には、圧力や温度を制御し、過熱やラプラス力による塗膜の劣化を抑える方式も実用化されている。また、大型チャンバーの有無や、乾燥の均一性なども重要な性能である。よって、製品に適した乾燥装置の選択が必要となる。ここでは、代表的な乾燥装置として、加熱乾燥、赤外線乾燥、減圧(真空)乾燥、凍結乾燥、超臨界乾燥に注目し、乾燥機構と装置構成を紹介する。特に、工業上で重要であaる減圧(真空)乾燥後の塗膜の膜質について述べる。乾燥装置により、塗膜は最適な条件で乾燥処理ができる。塗膜と周囲空間との温度差が増大すれば、蒸気圧差が生じ乾燥が促進する。一般に、加熱乾燥の乾燥速度Kは以下のように定義される。

式

ここで、a:熱伝達係数、Th:熱風温度、Tf:膜温度、q:蒸発潜熱である。乾燥速度を増加させるには、温度差(Th-Tf)だけでなく、熱伝達係数aの向上が効果的であり、これが乾燥装置の設計指針となる。下の左図は市販の加熱型の乾燥装置の外観写真である。用途に応じて、小型から大型まで様々なタイプが市販されている。通常、乾燥装置の最大加熱温度は300℃に設定される場合が多いが、周囲への熱発散を防止するため乾燥室は断熱材で覆われている。断熱材には、ガラスウールなどのファイバー製品が用いられる。金属発熱体には、ニッケル・クロム系、および、鉄・クロム・アルミニウム合金系のものが多用される。電子産業用などの乾燥装置は、塗膜表面への微粒子付着を防止のためフィルタ機構を備えている。下の右図は熱重量測定(TG)により測定した塗工液の乾燥特性を示している。塗工液はノボラック樹脂と溶剤(沸点156℃)の混合液である。加熱温度が溶剤の沸点に近づくにつれ溶剤蒸発が促進される。また、沸点を超えても溶剤蒸発は進み、重量減少が続くことが分かる。

加熱型乾燥装置
加熱型乾燥装置
熱重量(TG)測定による溶剤蒸発
熱重量(TG)測定による溶剤蒸発

赤外線機器は暖房用として身近であるが、乾燥装置としても広く用いられる。赤外線乾燥では輻射を利用するため大型チャンバーは必要ない。市販のタングステン(W)フィラメントでは、1700~2200℃で放射光の80%が赤外線となる。下の左表は、一般的な赤外線の特徴を示している。遠赤外線と近赤外線は、波長の違いだけでなく、物質内への侵入深さが異なる。近赤外線では、比較的表面層での吸収が高いが、遠赤外線では内部まで侵入し均一な加熱が可能となる。車両塗装後の乾燥などの高品位な用途に用いられる。

赤外線の波長と透過距離
赤外線の波長と透過距離
減圧による水の沸点降下
減圧による水の沸点降下

乾燥室内の気圧を下げることで、塗膜の溶剤蒸発を促進できる。液体の沸点は、上の右図のように圧力に応じて下がる。近年では、減圧乾燥は液晶パネルなどの大型基板の塗膜乾燥に用いられる。比較的低温で乾燥が可能なため、耐熱性の低い塗膜の乾燥に適している。しかし、加熱乾燥と異なり急速に乾燥が進むため、塗膜内の歪み発生や微細構造の破壊に注意が必要である。

減圧(真空)乾燥装置
減圧(真空)乾燥装置
高分子膜の減圧処理とアルカリ水溶液の浸透
高分子膜の減圧処理とアルカリ水溶液の浸透

また、内部応力も発生しやすいため、塗膜の耐久性に影響を及ぼす恐れがある。また、バイオや生体試料の乾燥には、組織を破壊するケースが多い。減圧乾燥では、上の左図のように減圧用のチャンバーが必要となるが、蒸気圧差を高く設定できるため、高い乾燥速度を有する。減圧機構として真空ポンプや簡易型のアスピレータ等を用いるが、真空装置のような強固なチャンバーは必要とせず、開閉式の密閉機構で対応できる。しかし、加熱乾燥とは異なり、急速な乾燥であるため塗膜の凝集構造に影響を及ぼす。上の右図は減圧処理および溶液浸漬による高分子塗膜の屈折率変化を示している。減圧乾燥により、塗膜の屈折率が増加する。屈折率は固体の凝集性や分極性を敏感に反映する。よって、屈折率の増加は、溶剤蒸発による塗膜の密度増加を意味する。また、アルカリ水溶液への浸漬により、屈折率はさらに増加する。しかし、純水への浸漬では屈折率は変化しない。

減圧乾燥(90℃、20分)した高分子膜の溶液中での内部応力変化
減圧乾燥(90℃、20分)した高分子膜の溶液中での内部応力変化

上図は減圧乾燥した高分子膜について、アルカリ水溶液と純水に浸漬後に発生した膜歪みを示している。塗膜の成膜直後には引張り歪みが生じている。しかし、アルカリ水溶液に浸漬後に引張り歪みは緩和され、乾燥時に再び増加する様子が分かる。このような急激な変化は塗膜と基板界面に歪みを生じ、付着性などに影響を及ぼす。しかし、純水に浸漬した場合は、膜歪みの変化は見られず、乾燥後も殆ど変化がない。これは、下図の高分子構造モデルにように、高分子樹脂とアルカリ水溶液との分子間相互作用により、浸透が促進されるためである。また、乾燥が不十分で残留溶剤が多いほど、アルカリ分子の浸透は速くなり膜歪みを生じる。また、水分子は分極率が高いため、高分子構造への浸透性が低くなると考えられる。

減圧乾燥による高分子膜でのアルカリ水溶液の浸透
減圧乾燥による高分子膜でのアルカリ水溶液の浸透

ここでは、代表的な塗膜の乾燥装置について、装置機構および特徴について述べた。試料の大型化だけでなく、高品位な乾燥プロセスの要求が高くなり、乾燥装置の絶え間ない進展がみられる。塗膜の高品質化には、塗膜の性質に適した乾燥装置の選択が重要となる。

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