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基礎技術解説分析・評価・解析

固体表面でのAFM探針の吸着力解析

原子間力顕微鏡(AFM)を用いることにより、固体表面間の相互作用力の直接測定が可能になる。しかし、原子レベルで平坦な基板はマイカやグラファイトのへき開などでしか得られず、殆どの固体表面は表面粗さ(Rms)に代表されるような微小な凹凸を有している。また、通常の大気中では水蒸気が固体表面に吸着しており、AFMの探針と基板間にメニスカスが形成されてラプラス力が働くようになる。一般に、球/平面間の吸着式としては、F=4πRγで表わされるDerjaguin近似が代表的である。ここでは、薄膜の表面粗さ(Rms)を0.25~12.8nmの範囲、γを40~69mJ/m2、相対湿度を4%と40%に変化させて、微細探針の吸着力に及ぼす各要因の影響を考察した。その結果、これらの範囲においては、薄膜の表面粗さが吸着力測定に最も影響することが分かった。AFMを用いて固体表面の吸着力測定を精度高く行うためには、固体の表面粗さを少なくとも3nm程度に抑えること、あるいは表面粗さ効果を補正することが重要になる。

固体表面の吸着力測定は、固体間の接着と剥離、あるいは微粒子などの分散凝集制御において重要な知見を与える。1986年のBinnigらによる原子間力顕微鏡(AFM)の開発以来、固体表面間に働く相互作用力の直接測定の研究が盛んになった。しかしながら、固体表面間の相互作用に寄与する要因は多く存在するとともに、これらが同時に関与するために相互作用の要因分析がかなり困難となる。また、一般的に、マイカなどのへき開面やLB膜などの分子レベルで平坦な表面を除けば、通常の固体表面には多くの凹凸が存在している。その他、吸着水、帯電、有機汚染などの不確定要因は数多く存在する。それに反して、実用面では、大気中での表面制御技術の重要性は高まる一方である。河合研究室ではこれまでに、AFMを用いて様々な試料表面間の相互作用力を測定してきた。また、近年では、近接場光を検出原理として相互作用解析を行うなどの高機能型走査型プローブ顕微鏡を用いた研究例も増えてきた。しかし、試料の表面粗さなどの要因は、これらプローブ顕微鏡測定において共通に影響する要因であると言える。

一般に、平坦試料上の半径Rの球に働く力Fは、Durjaguin近似として以下のように表わされる。

F=4πRγ

ここで、γは球および平坦試料の表面エネルギーを表わす。また、AFMの探針先端を半径Rの球で近似した場合、探針の表面エネルギーが平坦試料と異なる場合には、Burnhamの示した下式で表わされる。

式(2)

ここでγt、γsは探針および固体試料の表面エネルギーをそれぞれ表わす。一方、通常の大気中においては、探針および平坦試料表面に存在する吸着水によりメニスカスが形成されて、強いラプラス力が働くと予想される。毛管凝縮に基づくラプラス力は、一般的に下式で表わされる。

F=4πRγcosθ    (3)

ここで、θはメ二スカスの接触角である。メニスカスの接触角は、大気中の相対蒸気圧(p/p0:相対湿度)に主に支配される。ここでは、以上の式において、表面エネルギー(γ)、表面粗さ(Rms)、相対湿度(p/p0)を変化させた場合、探針と試料表面間に働く力FをAFMを用いて直接測定する。

吸着力測定には、AFM探針と試料表面が常に接触するコンタクトモードを使用した。使用した探針の材質はSi3N4とAuの2種類である。探針形状はピラミダル型をしており、その長さは20μmである。また、先端曲率半径は25nmであり、探針の先端角は69°である。探針は、長さ200μmのカンチレバーの先端に取り付けられている。カンチレバーのばね定数は、0.098N/mである。使用した探針先端の電子顕微鏡(SEM)写真を下の左図に示す。探針の吸着力測定は、次の(1)~(3)の手順により行う。(1):探針を試料表面に低荷重(0.01nN)で吸着させる。この時、試料表面の変形は殆ど生じていない。(2):試料を下降させる。このとき、探針は相互作用により試料表面に吸着したままである。(3):探針が試料表面から離れた瞬間のそり量とカンチレバーのばね定数から、探針の吸着力を求める。

AFM探針の先端のSEM写真
AFM探針の先端のSEM写真
表1 各基板の表面エネルギーと表面粗さ
各基板の表面エネルギーと表面粗さ

上の右表1には、各試料の表面エネルギーおよび表面粗さの測定結果を示している。表面エネルギーは、40~69mJ/m2の範囲で変化している。また、前述のように大気中の湿度を4%および40%に変化させた場合、Au膜表面での吸着水膜厚は僅かながら増加している。しかしながら、表面エネルギーはそれほど大きく変化していない。通常、吸着水による固体の表面エネルギー変化は、拡張圧πeとして下式で表わされる。

γssv-πe

ここで、γsvは飽和蒸気圧下での固体の表面エネルギーを意味する。ここでの湿度変化範囲においては、各基板において0.1~2mJ/m2程度の変化であることが表1から分かる。

各基板の表面形状
図2 各基板の表面形状

上の図2はAFMで測定した各試料の表面形状を示している。蒸着過程における粒成長の違いにより、表面形状が異なっている。特に、凝集性の比較的高いAl膜やCu膜などは、結晶粒が比較的大きいことが分かる。一方、凝集性の低いAu膜などは、結晶粒は小さく平坦な表面を形成していることが分かる。AFMで測定した各試料の表面粗さは、表1にあるように、0.25~12.8nmの範囲で変化していることが分かる。次に、これらの試料表面の吸着力測定結果について述べる。

下の左図は各試料表面におけるAFM探針の吸着力と、試料の表面エネルギー(平方根)との関係を示している。その結果、探針の違いおよび湿度変化に対してBurnhamらが提示した(2)式に基づく相関は示さないことが分かる。Burnhamらの実験は、乾燥窒素中で、マイカ及び熱酸化膜上の単分子膜といった分子レベルで平坦な基板を用いて解析している。よって、各試料表面間の粗さの差が顕著である場合は、吸着力解析に悪影響を及ぼすと考えられる。そこで、試料の表面粗さと探針の吸着力との相関を考察する。

下の右図はAFM探針の吸着力と試料の表面粗さとの関係を示している。探針の材質、および、湿度の差などの測定条件の変化にも拘わらず、探針の吸着力は試料の表面粗さに相関を示すことが明確に分かる。よって、AFM探針の吸着力の測定結果は、大気中の湿度変化、および試料の表面エネルギーの違いよりも試料の表面粗さに主に支配されることが分かる。本研究の場合においては、試料の表面粗さを少なくとも3nm以下にすることが望ましいと考えられる。

基板の表面エネルギーと吸着力
基板の表面エネルギーと吸着力
基板の表面粗さと吸着力
基板の表面粗さと吸着力

上の右図および左図のAFM探針と試料表面間の吸着力について、試料の表面粗さを考慮したモデルを構築して検討する。まず、(2)式において、試料表面の凹凸は、探針先端の曲率半径に比べて相対的に無視できるとしている。そこで、試料表面が平坦ではなく凹凸を有しており、これを曲率を有した球の集合体として近似する。すなわち、(2)式の曲率半径Rは、次式のように探針と試料表面の曲率半径、RtとRsの幾何平均として表わすことが出来る。

式

また、吸着水が存在する場合には(3)式を考慮する。

式(6)

この(6)式が、本研究における基本式になると考えられる。試料表面の有限の粗さを曲率半径Rsとして平均的に表わすのは容易ではないが、二乗平均粗さRmsの変化はRsが変化することに相当する。そこで、基板の表面粗さが吸着力に与える影響を考察する。

幾何平均近似
幾何平均近似

右図は規格化した幾何平均曲線を示している。試料表面の曲率半径Rsの減少に伴い、幾何平均半径は減少する。また、探針と試料表面との曲率半径が一致する時(Rt=Rs)は、規格化した幾何平均半径は0.5になる。実験に使用したAFM探針の曲率半径は、25nmであり、また、図2のAFM像から、試料表面の平均的な凹凸の曲率半径が約2nm~200nmの範囲で変化しているとすると、幾何平均値は1.8~22nmの範囲で変化していることになる。河合研究室は、既に、PSL球を用いて、探針の吸着力とPSL直径との相関が、この幾何平均則に従って変化することを確認した。すなわち、試料表面の凹凸によって、探針の吸着力の絶対値は大きく影響を受けることを示している。また、本実験においては、γsを40~69mJ/m2まで変化させるとともに、γtを51.4mJ/m2と56.3mJ/m2のものを用いているために、結局、の値は45.3~62.3mJ/m2の範囲まで変化させたことになる。これらの値から考えると、試料の表面エネルギー変化が吸着力に影響しても妥当であると考えられる。しかし、実際には表面粗さが主に影響する結果となっている。この理由として、以下に挙げるような試料の表面凹凸が原因となる要因がさらに関与しており、吸着力に影響していることが考えられる。

(1)探針と試料表面の接触に伴う変形と接触面積の変化。
(2)探針の接触点近くに存在する試料表面の突起による影響。
(3)試料表面の凹凸に起因する接触帯電や有機汚染分布などの不確定要素。

上記項目が定量化されれば、吸着力の解析精度はさらに高まるものと考えられる。

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